Night Walker
「何の老婆心です? 奴を殺せば心配無い事でしょう」

「殺す? 君が津那魅君を?」


目を見開いて驚きの声を上げるドラク。


「彼は、粛正者だよ。どうやら君は、その意味が解っていないようだね」

「解っていますよ。私のいた国にも、番犬は居ましたからね。勿論、全て返り討ちにしましたけれど」


青年の口調に、何の迷いも無い。

『何処から来るのか、その自信』と、そう思っていたのだが、過去の所業に裏打ちされていたとは。

だが、それでもまだ彼に勝ち目が有るとは思えない。

そう、ドラクは知っていた。

津那魅の焔と、彼の操る武器の恐ろしさを。

扇の家が、どれ程特殊な環境にあったかを。

ドラクは身をもって知っていた。

津那魅は、実年齢が二十五歳の時に粛正者に転化した。

それ以来、三百七十五年、歳をとる事も無く、ずっと粛正者としてこの帝都を護っている。

青年が、その重みと意味を改めて知るのは、全てを失ってからの事だとは、現時点では知り得ない事だった。

ドラクが、溜め息混じりに言う。

耳を貸さないであろう事を知りながら。


「勝てる見込みの無い戦いは避けるのが無難だと忠告しておく。己が強いと天狗になるのはどうかと思うぞ。上には上がいると言うことを理解するんだな」


ドラクの言葉に青年の顔付きが変わる。

柔和な顔から、表情が剥がれ落ちた。


「ドラキュラ伯爵。我は敢えて貴様に敬意を払い言葉も態度も変えた。だが、それも必要無い事であったようだ。我は、遠くはハプスブルクに繋がる血を持った者。侮辱は許さぬ」

「ハプスブルク……ねぇ……隠された者か」


由緒正しい王家の中に、吸血鬼に愛でられた者がいたとは。

勿論、スキャンダル極まり無い出来事は、歴史から抹殺されている。

吸血鬼となった者には、彼の様な境遇に有る者も、少なくは無いのだ。

彼を愛でた吸血鬼が、どのような人物かは、ドラクには予想しいえなかったが、彼の秘めたる力を見ていると、かなり力の有る者が親だと予想出来る。

生きているのか、滅びたのか、それは定かでは無いけれど。


『はて、彼は津那魅君にとって脅威に成り得るのかな?』


ドラクが、笑む。


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