切恋バスタイム(短編集)
「丁度良かった!あのね、荻野(おぎの)先生が、来週の研究発表のことで話したいって言ってたの。」

「あぁ、ありがとう。あとでメールしとくよ。」



 今日は居ないんだ、あいつ。そう思って少し安堵した矢先、背後から「りつ!ここに居たのか」という声。彼氏君のご登場って訳か。

 まぁ、当然だよな。こいつら恋人同士だし、彼女がよく知らない男と話してたら、心配するのは当たり前だ。



「謙君どうしたの?そんな走っちゃって。」

「まったく、すぐフラフラどっか行くんだから……あ、何か用事だった?」



 チラッと俺に目を向けて、如月が言う。明らかに、“早めに切り上げろよ”って視線。安心しろよ、もうとっくに終わってるからさ。



「いや、先生からの伝言聞いただけだから、もう行くよ。じゃあな、斉藤さん。」



 ――あぁ嫌だ、あんな嫌悪感丸出しの奴なんて。ていうか、斉藤さんも気付けよな。あいつ、絶対性格悪いだろ。

 まぁ、こんなこと言っても、あの子が如月の彼女だって事実は、何も変わらないんだけどな。所詮俺は、出会いが遅れてチャンスを逃した、哀れな男なんだ。

 ――あの視線を独り占めするのも、あの低めの声が嬌声に変わる瞬間を聞けるのも、あの可愛らしい小さな手を握るのも、きっとすべらかなあの背中を撫でるのも。あぁ、どうして、俺じゃなくてあいつなんだろう。



fin.
12.06.19 奏音
書き下ろし

出演
皆月智之
斉藤立花
如月謙一
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