吸血鬼の花嫁
「と、いう話があるんだ」
「へぇ」
ジェフは隣に座っている青年の顔を伺った。
薄幸そうな顔が複雑そうに笑っている。
年の頃は二十代後半だろうか。
ジェフよりもかなり年下だ。
なのに妙に落ち着いていて、覇気がない。
笑う顔にさえ寂しげな雰囲気が付き纏っていた。
何か話し掛けなければ消えてしまうのではと、そんな気にさせる。
「こんな話はつまらなかったかね」
「いや、そういうわけじゃ…」
ジェフは南のサウザンロスへ行く乗り合い馬車の御者である。
青年はその客だ。
本来なら、屋根のある後ろの荷台に乗ってもらうのだが、生憎今日は満席だった。
空いているのは御者台のジェフの隣だけである。
わけを話すと、青年はそこで構わないと答えた。
今日の天気なら当分雨は降らないだろう。
こだわりさえなければ、御者台でも旅は出来るはずだ。
小さなトランク一つと共に青年はジェフの隣に乗り込んできた。
ジェフは、話のきっかけとして、故郷である雪国の吸血鬼とその花嫁の話を語って聞かせてみたものの、反応は良くないようだ。
確かに、いい歳をした青年にはつまらない話なのかもしれない。
この辺りにはジェフの故郷以上に数多くの吸血鬼伝説が残っていた。
吸血鬼の話をすれば、見知らぬ者同士でも盛り上がれるぐらいだ。
特に黒い吸血鬼の話は、いまだに子どもたちを怯えさせている。
青年も、ジェフと同じように心の中では、吸血鬼なんてただの伝説上の生き物だと思っているのかもしれない。