吸血鬼の花嫁
「いやそのあははははは、つい」
「…嘘つきは信用ならないわ」
逃げておけば良かったかもしれない。
私が悩んでいると、誰かが廊下を走ってくる音がした。
「花嫁、伏せろっ」
現れたルーの叫び声に私は反射的にしゃがんみこんだ。
目にも留まらぬ速さで走って来たルーは風を切ってハーゼオンにナイフを投げ付ける。
しゅっと鋭い音を立てたナイフはハーゼオンの髪を僅かに切りながら、頬の横を通り過ぎていった。
足を止めたルーが私の前に立つ。
肩とフードにはまだ雪が積もったままだ。それなのに、息一つ乱れていない。
「随分な歓迎だなぁ」
ハーゼオンはのんびりと言った。
「本物の銀のナイフを使わなかっただけ有り難く思えよ」
「その程度じゃ俺は死なないって」
「別に殺したりなんかしねーよ、約束の日から二ヶ月も遅れやがってこの野郎。これだから嫌なんだよ長生きしすぎた吸血鬼ってのは。時間の感覚が狂いすぎだ」
「俺的に二ヶ月ぐらいだったら、誤差の範囲なんだけどなあ」
「あの、ルー…この人は?」
話が見えない。私一人が置いてけぼりだ。そろそろ起き上がっても大丈夫なんだろうか。
「あー、わりぃ。茶でもを飲みながら説明するわ」
ルーはがっくりと疲れた顔をしていた。それとは裏腹にハーゼオンは楽しげに私へ近寄ってくる。
そして、おもむろにひざまづくと私の手を取った。
「初めまして、青珀(せいはく)の花嫁。俺は赤赦(せきしゃ)の吸血鬼ハーゼオン。どうぞよろしく」
聞いたことのない単語を並べられ、私は混乱する。分かったのは、ハーゼオンも吸血鬼だということだけだ。
確かにハーゼオンも青髪の吸血鬼と同じように冷たい手をしている。
「我が血の盟約を青の花嫁に」
最後の文句と共にハーゼオンは私の掌にそっと口づける。冷たい唇の感触に私は固まったまま動けなかった。
慣れないことをされた私の指先が震える。それに気付いたハーゼオンが私を見上げて静かに笑った。
「いつまで握ってるんだよ」
ルーの冷静なつっこみに、ハーゼオンはあぁ、失礼と言いながらゆっくりと手を離した。