吸血鬼の花嫁
第ニ章
「南の国?」
とある日の午後の昼下がり。
ユゼの書斎で、私、ルー、ユゼの三人はお茶をしていた。と、言ってもユゼは真似事なのだけど。
「そう。雪がまったく降らない南の国へ行ってみたくないか?」
「雪の降らない国…」
雪の降らない他の国。
まったくの未知の世界だ。
私には想像すら出来ない。
「興味はあるけど…。でも、どうして急に?」
「ここにいてもあんまり面白くないだろ。だから、旅行でもどうかと思ってさ」
私は横目でユゼを見る。
ユゼは無感動に茶を啜っていた。
構わずルーは話続ける。
「吸血鬼も生まれはこの国じゃなくて、もっと南の方だろ」
「そうだ」
「たまには故郷を見に行ったりしたいだろ」
ルーの誘いにユゼはあまり乗り気ではなさそうだった。
「とうに名も姿も変わっている。知らぬ国は既に故郷ではない」
「それは…」
言葉に詰まる話である。
長生きなユゼのことを知る者は数少ない。この国ですらそうなのだから、離れた故郷でユゼを待つ人はいないのだろう。
「…この国じゃ駄目かしら、貴方の故郷」
ユーゼロードの名から取られたこの国なら、少なくともユゼの名を忘れることはない。
けして、いい思い出ばかりじゃないだろうけど。
だけど、故郷のように大切に思ってくれたら嬉しかった。
「……そうだな」
ユゼは私の顔をしばらく見てから呟く。
その呟きに、私はにっこりと笑った。
「俺だってここが故郷だと思ってるからな」
慌ててルーが話に割り込んでくる。その様子がおかしくて、私はまた笑った。
何もかもが穏やかだ。幸せ、と呼んでもいいのかもしれない。
「ってそうじゃなくて旅行の話だよ、旅行。まだ結界が安定期じゃねぇから、しばらくは無理だけど」
「そうね、いつか…。でも、どこがいいのかしら…」
「そりゃもう、俺のとこでしょ」
突然割り込んだ何者かの声に私とルーはがばりと振り返る。
そこには、笑顔の青年が手を振りながら立っていた。
私とルーは同時に叫ぶ。
「ハーゼオン!?」