吸血鬼の花嫁
芝居掛かった仕種で両手を広げ、ハーゼオンは久しぶりーと気の抜けた返事をする。
ルーがあんぐりと口を開けた。
「お前…だから不法侵入はやめろってあれほど…」
「いやいや、ルー坊。ここの主人が何も言っていないんだから、これは不法侵入じゃないよ。
俺が中にいることぐらいすぐに気付くでしょ、青珀は」
そう言いながら、ハーゼオンはユゼの顔を伺った。ユゼは特にこだわりがある風でもなく、小さく頷く。
「それはこいつが面倒くさがりなだけであって!お前は他の奴の家に何も言わず入っていくのかよ」
「うん」
真顔で答えるハーゼオンにルーの体ががくっとなった。
「うん、じゃねえぇ。普通、人の家に来る時は玄関から招き入れられて入るもんなんだよ」
「そうだっけ」
「そうなんだよ!」
あははは、とハーゼオンが軽快に笑う。
「勿論知ってるよ、そんなことぐらい」
ルーの顔にいらっとした怒りが浮かんだ。
完全に遊ばれている。
「知っているんだったら守れよこの野郎!」
「お、落ち着いて、ルー」
喧嘩が始まりそうな雰囲気に、慌てて私が間に入った。
ルーは肩で息をしながらなんとか落ち着きを取り戻していく。
「事前連絡も寄越さないで来るなんて、礼儀がなってねぇっての」
「いや、今回は早く伝えた方がいいと思って急いで来たんだ。この前みたいなことにならないようにね」
ふっと、ハーゼオンの表情が暗く曇る。
「それで、用とは」
二人のやり取りを静かに見守っていたユゼが口を挟んだ。
ルーは黙って立ち上がり、ハーゼオンにユゼの隣の椅子を譲る。そして、自分は椅子代わりの踏み台に腰を下ろした。本を書棚に戻す時に使うものだ。
譲られた椅子に礼を言ってハーゼオンが座る。
示し合わせたように二人の軽口が消えていった。
空気も張り詰めた真剣さを取り戻していく。
先ほどまでのやり取りは、挨拶代わりのじゃれあいなのだ。
ハーゼオンはおもむろに脚を組むと、緑の双眸でユゼと向かい合った。
憂鬱がハーゼオンを支配している。
「多分、あまり良くない話だよ」