吸血鬼の花嫁
穏やかな風貌に似合わない低い声でハーゼオンが言った。
ことの深刻さを表すかのように。
「赤食み(あかはみ)って聞いたことある?
赤食み、もしくは赤蝕(せきしょく)とも名乗ってるらしいけど」
私にはどちらも聞いたことのない名だった。
ユゼは答える代わりにルーを見る。
視線を受けてルーが頷いた。
「赤食み、ってのは赤赦、つまりお前を嫌ってる奴のことだろ。
確か、黒刺の右腕の」
慎重にルーが答えた。
赤食み。
赤。
色による尊称は、強い吸血鬼しか持たないと言っていたはずである。
赤の尊称は、ハーゼオンだけではないのだろうか。
「そう。赤食み、赤蝕、どちらも赤を食すというような意味合いだね。
…あいつは名で、赤赦の赤を奪ってやるつもりだ、と周りに主張しているわけ」
私の疑問を見透かすように、ハーゼオンが説明を加える。
「赤赦を消し、自分が赤を名乗るつもりだ、だろう」
ほんの少しの言い回しを、ユゼがわざわざ訂正した。
訂正するほど、そこは重要なところらしい。
赤を奪うのではなく、消す。
その違いは、ハーゼオンの生死。奪うだけなら、生死はどちらでもいい。
だけど、消す、なら。
ハーゼオンがうなだれた。
「やっぱり分かっちゃうのか…」
その続きを話しにくそうな顔をする。
「実は、そうなんだよね。あいつにとっては、俺から赤の尊称を奪うことよりも、俺の存在そのものを消すことのが重要なんだよねぇ。
赤の尊称が欲しいんだったら、はいどうぞって渡してやるのに」
珍しく忌ま忌ましそうに、ハーゼオンは唇を噛む。
「どうして、貴方を消そうとするの?」
黒刺の右腕の、赤食みを名乗る、恐らく吸血鬼。
ハーゼオンとどう関わりがあるのか私にはよく分からない。
「うーん、俺を消そうとする理由は割と単純かなぁ」
他にも理由があるのかもしれないけれど、でもこれが多分一番、とハーゼオンは前置きした。
「目障りだから」
俺という存在が。
ハーゼオンは、口先に皮肉げな笑いを浮かべた。