スノウ
このまま部屋に帰りたくない。
今夜は隼人と一緒だと思っていた。
足も痛いし座りたい。

その時、一軒の小さなバーを見つけた。
ちょっと強いお酒でも飲んで、今から逃げ出したい、そう思った。


足を踏み入れるとそこは小ぢんまりとした、カウンターのみのバーだった。


「いらっしゃいませ。」

髭をたくわえた、物静かそうなマスターが一人立っている。

「どうぞお好きな席に」

どうやらお客は私だけのようだ。

奥の席に座る。
足が痛むので靴を脱いだ。

「何になさいますか?」

マスターが微笑んだ。

「おまかせで」

何も考えたくなかった。

マスターは黙ってカクテルを作って私の前に差し出す。

「どうぞ。」

綺麗な青紫色のカクテル。
一口飲むと上品な香りと甘さが口の中に広がる。

「これ、なんて言うんですか?」

マスターは微笑みながら

「ブルームーンって言うんです。綺麗な色でしょう?スミレのリキュールなんです。」

こんな綺麗なカクテル・・・
どうせなら隼人と飲みたかった。

「このカクテルには意味があるんですよ。」



「意味?」


首を傾げるとマスターはこう言った。

「うちの店にあなたのような若い女性が来るのって珍しいのでね。ブルームーンはとてもスタンダードなカクテルなんだけど、極めて稀な事を意味するんですよ。これ、スミレのリキュールでしょう?パルフェタムールといってね、完全な愛って意味なんですよ。ロマンチックでしょう?」

本当に泣きたくなるほどロマンチックなカクテル。
なのにどうして隼人は隣にいないのだろう。

「あと、もうひとつ意味があってね」

マスターが付け加えた。

「できない相談って意味もあるんです。告白のお断りに使う場合もある。極めて稀な悲しいお酒って意味もあるんです。」

私にぴったりのお酒。
そう思った。
隼人の相談は「出来ない相談」だ。

グラスのお酒を飲み干した。



ふと視線を落とすと薬指の輝きに
目がいってしまう。


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