僕と平安貴族の五日間
殿はお湯でもどります。
夕飯は殿を中心に和気あいあいを進んだ。
最初、殿は家族全員で食べるスタイルに困惑していたが、
僕がこの世界ではこうだよ、と教えた。
明日、僕も、マキも授業があるため、
朝の電車で帰る。
布団に入って、殿はしみじみと言った。
「こっちの世界はいいな。」
「なんで?」
「私は物心が付いてからは、
自分の母上と数えるほどしか
会っていない。」
僕は息をのんだ。
何も言えなかった。
「コトはな、私の母上に似ておる。」
「あ、さっきも言ってた。
コトさんて?」
殿が寝返りをうった音がした。
「私の、求める者だ。」
どうして、殿がこんな風に遠まわしに言ったのかは
僕にはわかる。
殿にはすでに12歳の時に13歳の少女と
結婚していたからだ。
しかし彼女は流行りの病でなくなってしまう。
そして、すぐに殿は14歳で再婚している。
つまりは、その、再婚相手でもない女性のことだろう。
「私は、コトを探しているのだ。
コトの魂を。
コトが迷わずに極楽浄土に旅立てるよう。」
僕は、静かに殿の話を聞いていた。
琴菊姫の魂はもののけによって、
現代に飛ばされてしまったらしい。
そこで、殿は天狗に頼んで、ここまで来たらしい。
「怖くないの?
こんなよくわからないところに来ちゃって。」
「コトが私の知らないところで、
一人でいることのほうが、怖い。」
と、殿は小さく言った。
「でも、タケルに会えてよかった。」
僕は何がなんでも殿に琴菊姫の魂を合わせてあげようと誓った。
「向こうに戻ったら、吉次に褒美をやろう。」
え、なんで??
なんで、僕じゃないのかよ!!
僕は知らなかった。
殿が、カーテンの隙間から、
月が満ちて行くのを見て、
唇をかみしめていたことを。