星の降る線路の上で
第二章 ~逆さまの世界地図~
リュックを片手に三崎は走る…
眩しい緑の中…どこまでも続く錆びた線路の先にぽつんと見える、赤色のリュックを目指して…
決断に要した時間の分だけ少女は先に行ってしまったが、もう少しで追いつく事が出来るだろう…
自らの足音と息遣いを遠くに感じながら、三崎はふと遠い過去の日を思い出していた。

幼い頃、三崎はよく逆さまにした地図を眺めていた。
好奇心に輝く目に映ったのは、誰も知らないもう一つの世界…北に尖ったアフリカ大陸、北海道が下にある『へ』の字型の日本…
とても異様で非現実的な世界に何とも言えない驚きと胸の高鳴りを感じた…自分だけの宝物を見つけた気分になった…
―でも…
宇宙に上下が無い限り、その不思議な世界もちゃんと現実として存在する。
電車が待っている…
少女が何の疑いも無く言い放った非現実的な一事は、何故か幼い日に見た世界地図の事を思い出させていた。

「絶対に来ると思ってた」
少女が振り向くと、激しい形相で息を切らしている三崎にニッコリと微笑みかけた。
「あたしは璃子」
ご褒美…とばかりに自らの名を名乗ると、好奇心に満ちた瞳で三崎の顔を覗き込む。
「お、俺は真二、三崎真二だ…」
「よろしくね、シンジ」
愛らしく片目を瞑って見せると、璃子は躊躇いも無くファーストネームを呼んだ。
「あ、ああ…よろしく」
一回り以上も年下であろう女の子にそう呼ばれる事に戸惑いを感じたが、丁寧に『さん』付けで呼ばれるよりは違和感を感じなかった。
「さ、行きましょ。先はまだまだ長いわ」
自己紹介は終り…とばかりにそう言うと、璃子は三崎に背中を向けて歩き出していた。
「何でわかるんだよ?」
背中越しの問いかけに、璃子は有無を言わせずに断言した。
「わかるのよ。あたしには」
困惑する三崎とは対照的に、璃子の声はとても楽しそうだった。
「ま、待てよ…」
三崎は慌てて璃子の後を追う。
こうなったら、とことんまで付き合って、彼女の言う『答え』を確かめてやろう…
あの駅のホームで電車を待っているよりは、よっぽど前向きな事のように思えるし、それに…これ以上自分が失うものは何も無い…
そう考えると、少しだけ肩が軽くなったような気がした。

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