テディベアはしゃべらない
なにかの夢へいざなわれるように、自分から部屋へ踏み込んだのを自覚できたのは、これが現実だから。

室内の圧倒感が、むしろ、私に逃避を許さなかったから。

部屋の中に、クマ――テディベアが、たくさん。

正面の窓を避けたすべての壁は棚に埋まっていて、その棚はテディベア達で埋まっていました。

タキシードのクマ、ドレスのクマ、リボンをつけたクマ、帽子を被ったクマ、着物のクマ、包帯巻きのクマ……クマ、クマ、クマクマクマテディベア。

大きさも種類もばらばらなベア達が、そこかしこに並んでいました。

そして、部屋の中央には、丸テーブルと二脚の椅子。テーブルの上には、大きな箱ががっぱりと口を開けていました。

糸や針が見えるので……裁縫箱……だと思います。

「あ~もう、またか。またいないのかぁ、もう」

と、あとから入ってきた彼が、口を尖らせて愚痴ました。

「まったくさあ。僕が勝手にどこか行くと文句言うくせに。自分はほいほい消えるんだよなぁ」

どうやら、私に逢わせたかった人がいなくなっているようです。
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