テディベアはしゃべらない
静かになると、友達のひとりが「へぇー」と呟きました。なにかを、思い出しているように、視線がふわふわと。

「森山ってさ、名前は知ってたんだけど、アイツだったんだ。知らなかった」「あ、あたしも。顔は初めて見たよ」「噂通りのマスクだったね」「ねー」

「……みんな、知ってるの?」

それらの口ぶりからすると、彼はかなり有名なようです。

私は、名前すら記憶していませんでした。

だって自分の笑顔を演じるのにいっぱいな私が、どうして、日頃話もしたことのない人を知っているでしょう。

彼女達は、「知らないの?」と目を丸くしさせた後、ぼそぼそと井戸端会議を始めました。

そして私には、

「いやいや、まひるは知んなくってもいいよ?」

「そうなの?」

「そーそ。別に知んなくってもいいことだもん。森山、なんか変だし」

「そっかあ。ならいいかな」

「うん、いいのいいの」

そんな、いっそ、適当な言葉が返ってきました。

それは、本当に私は知らなくてもいいことなのでしょうか。

世の中には、知らなくていいこともたくさん、ありますから。

もっとも、私の世界はいつも、知りたいことのほうが、零れていってしまうのですけれど。
< 8 / 37 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop