お嬢様重奏曲!R
 御言が図書室を出た時にはすでに葵の姿が、小さくなっていた。
「ええい! あいつは俺の寿命を縮めたいのか」
 御言がいくら全力で走っていても、葵との距離は縮まるどころか離される一方だった。元々運転が苦手な御言と、運動神経抜群の葵ならばこの結果は当然とも言えるだろう。御言にとって唯一の救いは放課後であったために、ほとんどの生徒がいなかった事だ。
「ちっ! 仕方が無い。こんな下らん事で使いたくはなかったが」
 御言はメガネを外し、左目にそっと手を添える。
「御影御言の名に於いて命ずる!」
 左手を離すと、左目が紅く輝き金色の文字が浮かび上がっていた。
「天童葵よ。足を止めて俺の話を聞け!
 御言が叫ぶ。声が届くかどうかの問題では無い。御言が認識していれば発動される。
 左目の輝きが増すと、葵の動きが次第にゆっくりとなり、最後はその足を止めた。
「……ハアハア。ここまで走らされたのは、久しぶりだぞ」
 息を切らせようやく葵に追い付いた御言は、ネクタイを緩め熱くなった体を冷やす。対して葵は多少、息を切らせた程度ですぐに回復するだろう。
「あ、あれ? どうして足が動かないの?」
 葵が困惑し半泣きの表情で、足を動かそうとしているが一向に動く気配が無かった。
 それも当然だろう。御言がそうするように、命令したのだ。御言の話を聞き終わるまでは、足が動く事は無い。
「さて、建設的に行こうか。なぜ逃げ出した」
 御言が問い詰めると葵はとうとう鳴咽し、ポロポロと涙を零し始めてしまったのだ。
「……エグッ。見られた。…ヒグッ。見られてしまいました」
 見られた、とは多分、あの図書室でフリーダムハーツを手にしていた事だろうと、御言は察した。
「もう……終わりです。この学園にもいられません」
 まるでこの世の終わりが来たような、絶望的な表情で葵は落ち込んでいた。
「………ふむ」
 しかし御言はなぜここまで落ち込んでいるのか、さっぱり見当が付かなかったのだ。
「天童君」
「………はい」
 名前を呼ばれ葵の肩がビクッと震える。
「俺には分からないのだが、君は何か悪い事でもしたのかね?」
「………え?」
 御言の言葉に葵は思わず顔を上げてしまった。
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