-恐怖夜話-


いつもの勘で、手元を見ることもなくシガーライターに手を伸ばし、ポンと押し込む。


助手席にチラリと視線を走らせると、今日の相棒の坂崎が、カーラジオから聞こえる音楽を子守歌にして、気持ちよさそうにいびきをかいて眠っていた。


不況の余波で、この代行業も随分と売り上げが落ち込んだ。


数年前に施行された代行業の許可登録制度も、それに拍車を掛けている。


乗客を乗せるタクシー業には普通免許の他に二種免許が必要だが、その必要がない代行業は、急なリストラで路頭に迷うところだった俺には救いの主だった。


女房とまだ幼い二人の子供を抱えた一家の大黒柱。


30歳と言う年齢を考えれば、もっと堅実な仕事を見付けた方がいいのだが、妙にこの仕事が性に合っていた。


昼勤の普通のサラーリーマンから夜勤の代行業への転職は、確かに最初は辛かったが、慣れればどうと言うことはなかった。


何よりも、対人関係のストレスがサラリーマン時代とは比べ物にならないくらいに減ったのだ。

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