Rainy-Rainy
玄関のドアを閉めて、乱れた息を整える。

初夏の朝と言っても、走れば汗がじっとりと滲んで来た。


「はぁ、はぁッ」


滲んだ汗を拭って一息吐いてから、耳を澄ましても足音は聞こえない。

案の定、桂くんは追って来てはくれなかった。

別にいいけど。


「はは、何が『嫌い』よ。相変わらず私ってサイテーだ」


そんなこと言うつもりなかったのに。

言っていいはずないのに。


「……後で謝ろう」


走って喉が渇いた。

冷蔵庫の水でも飲もう。

濡れて気持ち悪い靴を脱いで、疲れた体を引きずりながらリビングへ向かう。


「……っ」


足が止まった。

思わず、腕で鼻を覆う。

リビングの方から、強いアルコールの匂いがした。


嫌な予感を堪えて、ドアの隙間からリビングの様子を伺う。

その私の目の前に、ぬっと白い腕が延びて来て、肩を掴んで引きずり込まれた。

まるで、幽霊か何かのように、病的に白い、血色の悪い腕。

乱暴に引き倒されて、硬いフローリングにしたたかに腰を打ち付ける。


「静香」

「晶人さんっ……っう」


痛みに呻く私の前に、晶人さんが立ちはだかる。


「っく……っ」


焦点が合ってない。

お酒の匂いが凄くて、むせ返る。


……ああ。

結構飲んでるみたい。

カーテンを締め切った薄暗いリビング中に、お酒のボトルや缶が散乱していた。


「きゃっ」


いきなり真横から衝撃を受けて、目の奥で火花が散った。

蹴られたのか。

そう理解した時には、私はローテーブルの角に頭をぶつけていた。

焼け付くような痛みが走って、左目の少し上から、ぬるりとしたものが流れ出す。


「ああ、その顔。その顔が見たくないんだ」


うずくまる私に、晶人さんはふらりとした足取りで近づいて来るのだった。





†††††

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