桃色ドクター【番外編】
「今は腰を使う相手もいません。瀬名先生こそ」
言いかけた言葉を飲み込んだ平野さん。
俺はエンジンをかけ、平野さんの手を握った。
「俺の婚約者はチェロ奏者なんだ。海外へも公演に行くし、ほとんど家にもいない。最近は、2人の間に愛があるのかさえわからなくなっている」
俺はそう言いながらも、時々寂しそうな顔をする由美子を思い出して、胸が痛んだ。
愛があるのか、ないのか……
今となっては、愛がないと勝手に思い込みたいだけなのではないか。
「彼女の父親が俺の恩師でね。お見合いってわけじゃないけど、紹介みたいな感じで。トントン拍子で婚約まで来たけど、婚約してからはすれ違いばかりだ。今は、仕事が一番みたいだから、連絡もない」
俺はどうして平野香織を好きになったのだろう。
寂しかったわけじゃない。
今までの由美子との関係に、不満を感じていたわけじゃない。
燃え上がるような恋愛ではなかったが、それなりに自分では理解していた。