馬上の姫君
戦乱のない比較的おだやかな天文二十
三年のこの時期、義賢は祖神を祭る沙々
貴神社の修築を思い立った。修理奉行に
平井三郎左衛門尉、狛忠左衛門尉の両名
を、惣官に木村左近太夫を任命して、修
築工事を行うことにした。
工事も半ば進んだある日、滞在中の晴
元を誘い観音寺城の南にある佐々木庄の
神社に出向いた。新しくふきかえた正殿
屋根の棟瓦や軒瓦に刻まれている正四つ
目の佐々木氏定紋を仰ぎ見て晴元がしみ
じみと言う。
「のう、義賢殿、戦乱のこの時節、祖廟
を修築出来るそなたは幸せものでおじゃ
るよ。このわしなど京兆家の家督は二郎
に奪われ、京都を追われて祖廟を遠く離
れ流離う流浪の身、氏神を祭りとうても
それは叶わぬ。おまけに聡明丸は人質と
して三好の手にある。義賢殿、わしは己
の身を嘆いているのではない。祖廟を遠
くはなれ捕らわれの身となっている聡明
丸にすまぬと思うだけなのじゃ」
「聡明丸はワシの可愛い甥子でござる。
その身はワシとて常々気にかけており申
す。したが、こたびの戦いで、斬られも
せず無事であったことは喜ばねばなりま
せぬな。生き長らうることさえ出来るな
ら、いずれは細川の名跡を継がれる身。
それがあの時の和睦の条件でござりまし
た」
「わしが蜂起しても聡明丸には指一本た
りとも触れなかった長慶には礼を言わね
ばならぬ立場なのかもしれぬ。これが亡
き舅殿のようなお人なら定清の嫡子同様
聡明丸も今頃この世にはいなかったであ
ろう…。じゃが、聡明丸が生きて有る限
り、わしは己の力で聡明丸を復したいの
じゃ。出家し一清と名乗る今のわしには
付き従う者もない。頼れるのは妻の里方
だけじゃ」
三年のこの時期、義賢は祖神を祭る沙々
貴神社の修築を思い立った。修理奉行に
平井三郎左衛門尉、狛忠左衛門尉の両名
を、惣官に木村左近太夫を任命して、修
築工事を行うことにした。
工事も半ば進んだある日、滞在中の晴
元を誘い観音寺城の南にある佐々木庄の
神社に出向いた。新しくふきかえた正殿
屋根の棟瓦や軒瓦に刻まれている正四つ
目の佐々木氏定紋を仰ぎ見て晴元がしみ
じみと言う。
「のう、義賢殿、戦乱のこの時節、祖廟
を修築出来るそなたは幸せものでおじゃ
るよ。このわしなど京兆家の家督は二郎
に奪われ、京都を追われて祖廟を遠く離
れ流離う流浪の身、氏神を祭りとうても
それは叶わぬ。おまけに聡明丸は人質と
して三好の手にある。義賢殿、わしは己
の身を嘆いているのではない。祖廟を遠
くはなれ捕らわれの身となっている聡明
丸にすまぬと思うだけなのじゃ」
「聡明丸はワシの可愛い甥子でござる。
その身はワシとて常々気にかけており申
す。したが、こたびの戦いで、斬られも
せず無事であったことは喜ばねばなりま
せぬな。生き長らうることさえ出来るな
ら、いずれは細川の名跡を継がれる身。
それがあの時の和睦の条件でござりまし
た」
「わしが蜂起しても聡明丸には指一本た
りとも触れなかった長慶には礼を言わね
ばならぬ立場なのかもしれぬ。これが亡
き舅殿のようなお人なら定清の嫡子同様
聡明丸も今頃この世にはいなかったであ
ろう…。じゃが、聡明丸が生きて有る限
り、わしは己の力で聡明丸を復したいの
じゃ。出家し一清と名乗る今のわしには
付き従う者もない。頼れるのは妻の里方
だけじゃ」