馬上の姫君
第三章 梅雪の末路
 早暁、左平次が、山科水鳥亭に駆けつけて承禎に報告する。 
「織田信長、本能寺にて、明智の軍勢に討たれてござります」
 承禎は目を閉じて、合掌し、静かにいった。
「帝の権威を嵩(かさ)に着て民を抑圧し、侵略を重ねた上、数え切れぬ躯(むくろ)の山を築き上げた信長を、やっと倒すことができた。皆が力を合わせ、奴が掲げた天下布武という恐怖恐慌の政治から人民を解き放ったのじゃ。あとは、光秀が摂関家と力を会わせ、お上の意向に沿った政(まつりごと)をすれば言うことはない…皆には礼を言わねばならぬ」
 朝食を摂った後、承禎主従は再び、宇治田原高尾の茶摘み小屋に、小萩は上京の清家に戻った。おしげ、おゆみは何事もなかったように水鳥亭で働いている。
 承禎や小萩が去った後、亭主上林掃部丞(久茂)は店のことはおしげ母娘にまかせ、馬を駆って、宇治若森の本宅へ急いだ。
「信長死すれば、都は必ず騒乱の巷に化す」
 不穏な世情を前にして彼は年老いた父母と家を守ろうとした。
 若森の屋敷が近づくにつれ、周辺には茶園が多くなる。
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