馬上の姫君
「わしが右府より宇治一円の水陸の通行と荷駄運搬の免許を得たのは天正二年のことであった。長谷川殿はわしに忠勤を尽くせと言うておいでじゃ。また、三河殿は又市の旧主であり、上林の茶を東国にさばくためにはなくてはならぬお人。それに嫡子信康殿を右府に殺害されて断腸の思いをされた御方じゃ。ここで我等が三河殿に手を貸して逃がしたとて、観音寺のお屋形様のお心に違うことは少しもあるまい。むしろここで徳川に恩を売っておくことのほうが先のためにも必要なこと。この後、必ずやって来る動乱を乗り切るための手だてと思え。どれ、わしも一緒に同道いたすことにするか」
 当主五郎八の勧めで、一族は家康の一行に供奉することに決した。上林の郎党五十人程を引き連れて、使者が口頭で伝えた興戸の渡しに向かおうと家を出た。すると、門口のところで二郎高定と本次左京之進にばったり出会う。
「これは、二郎様、ご無事で何よりのことでござりました」
「心配をかけたが、無事かえることが出来た…ところで、物々しいが、何事が起こったのじゃ」
 五十人ほどの郎党を従えている五郎八父子のただならぬ有様を見て二郎が尋ねた。そこで、徳川家康の供奉を求められたことを話した。すると、
「わしも、行ってみよう」
と高定が言った。
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