馬上の姫君
出発に当たり、武田信景の訃報を聞いて以来、すっかり生きる力を失っている妹久野姫を残して行くことに波野姫は後ろ髪引かれる思いであった。しかし、夫とともに御家再興の戦いに身を投じることが、正室波野御前のなさねばならぬことと心を引き締めて出立した。三人は高見峠を越えて川俣谷から南伊勢に潜入する。
飯高の山々に繁茂する新緑が六年ぶりに帰郷する具親を圧倒した。先の戦いで川俣谷の武士団はほとんど討ち死にしている。この谷の土豪で、頼みとする鳥屋尾義信も山崎の戦いで生死不明になっている。具親は急に心細くなった。
「これ以上、この谷の人々を無駄死にさせてはならない」
具親の心中に不安と焦燥の暗い翳が兆した。
具親・波野姫夫妻が安保直親の自城である五箇篠山城(勢和町)に匿われたのは、八月もやがて終わろうとする頃である。二人は早速、一族や義故を集めて密かに兵を募り、戦備を進めた。
しかし、わずかに生き残った者が狭い耕地で細々と帰農し、山に分け入り杣(そま)人(びと)となって生計を立てているにすぎない。すぐに同志が集まるとも思えない状況であった。
飯高の山々に繁茂する新緑が六年ぶりに帰郷する具親を圧倒した。先の戦いで川俣谷の武士団はほとんど討ち死にしている。この谷の土豪で、頼みとする鳥屋尾義信も山崎の戦いで生死不明になっている。具親は急に心細くなった。
「これ以上、この谷の人々を無駄死にさせてはならない」
具親の心中に不安と焦燥の暗い翳が兆した。
具親・波野姫夫妻が安保直親の自城である五箇篠山城(勢和町)に匿われたのは、八月もやがて終わろうとする頃である。二人は早速、一族や義故を集めて密かに兵を募り、戦備を進めた。
しかし、わずかに生き残った者が狭い耕地で細々と帰農し、山に分け入り杣(そま)人(びと)となって生計を立てているにすぎない。すぐに同志が集まるとも思えない状況であった。