馬上の姫君
館に帰ると、桜姫、初姫、波野姫、
久野姫が乗馬服に身を包み、義賢を待
っていた。
武家の姫君は乗馬の技術くらい身に
つけておく必要があるとの義賢の発案
で三日ほど前から始めることにしたの
だ。
姫君たちは馬術を習うには丁度よい
年頃であった。姫君たちを連れて馬場
へ向かうと、下の方から子供たちの明
るい声が響いてきた。馬場には厩から
馬を引き出して乗り回している二人の
少年がいる。
「雪夜叉丸様と虎千代様がもう来てい
る…」
波野姫が義賢の顔を見上げるように
して言った。姫君たちに馬術を教える
ようになった初日、義賢は四人の姫君
と雪夜叉、それに虎千代にそれぞれ馬
を与えた。
二人の少年は馬をもらった喜びで、
義賢が馬場に下りてくるのが待ち遠し
いという様子で、早くから馬を出して
乗り回している。
雪夜叉丸は畠山高政の息男で当年七
歳、虎千代は遊佐長教の次男で当年八
歳である。二人は高政が長慶に反旗を
翻し、安見直政、遊佐信教らと義藤の
陣営に参陣した時に一緒に連れて来ら
れた。
この時期、義賢は多くの子弟を観音
寺城に保護している。皆、義藤を奉じ
て朽木谷へ逃れた武将たちの子弟であ
った。預かったのは好意からだけでは
ない。味方を裏切らぬための人質とし
ての意味もあった。その子弟の中の一
人が雪夜叉丸であり、虎千代である。