馬上の姫君
四郎左衛門は刀架けから刀を外し、一刀毎に刃身を抜き出し、その後、柄だけを抜けぬように固く詰め置いて、元の場所に戻していく。
 部屋に戻った四郎左衛門はしばらく仮眠し、また暗いうちに起き出して、山里丸に通じる裏城戸二箇所の閂を抜き取った。これが兄三蔵から受けた二つ目の密命であった。
 
 その朝(十一月二十五日)、具教は夜着をきたまま置き出して、火に手をかざしていた。山間の晩秋は冷え込みが厳しく、ここ二、三日、寒い日が続いたため、具教は風邪気味である。洟をビシビシ言わせているところへ、乳母の芳が三歳の徳松を連れてきた。
 いつもならまだ寝ているはずの徳松であるが、この日に限って何故か早く目を覚ましている。
「若君、お父君に、朝のご挨拶をいたしましょう」
「徳松はまた早起きじゃのう…。…亀松はどうした…」
「まだ、お休みにござります」
 具教は毎朝、徳松と今年生まれた亀松を両膝に乗せて、にこやかに談笑するのが日課になっていた。
 当年四十九歳の具教は、まだ一歳にもならぬ亀松が愛しくてならない。しかし、この日は徳松丸を一人膝に乗せていると、四郎左衛門が伺候して、客のあることを告げた。
「加留左京、長野左京之進、森清十郎らが罷り越し御目通りを願うておりまするが…」
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