馬上の姫君
 侍女二人の亡骸を山頂に運び終える頃には空が白んできた。
 見下ろすと波瀬川の清流が白く輝いている。その流れの畔に御台屋敷があった。辺りに美田良田が広がっている。
 その昔、一志頓宮が置かれていた所だ。ここが一番見晴らしのいい場所だと与志摩は思った。
 伊勢の海から登った朝日が与志摩の頬を染める頃、お松御前と二人の侍女は波多の横山の山頂に埋葬された。
 後世、地元の人はこの山を誰言うこともなく『御前山』と呼ぶようになる。

 お松御前と二人の侍女を波多横山の山頂に埋葬した与志摩はふたたび御台屋敷に戻った。刺客に踏み荒らされた部屋を片づけるためである。
仏間に入って倒された衣架を立て、文机の経文を整理し終えて、散乱する歌留多を拾い集めて螺鈿の箱に戻し、仏壇に置いた。
 するとその時、与志摩の耳に、末期のお松御前の声が囁いた。
『この歌留多を形見として兄上に…』
 螺鈿の漆箱を袱紗に包んだ与志摩は御台屋敷を閉ざし、馬を引き出して音羽へ駆けた。
< 90 / 106 >

この作品をシェア

pagetop