アンナ
「そちらの商品、素敵ですよね。
お客様が今お召しになっているお洋服にもとてもよく合うかと思われます」


レジカウンターから歩いてきた店員が、
額で左右に分けた長い黒髪を耳の縁にかけながら声をかけてきて私ははっと意識を戻す。

「よろしければ鏡の前で合わせてみられて下さいね」
「あ…いえ、違うんです。私が使うんじゃなくて…プレゼント、なんです」
「まあ、そうでしたか。恋人さんにですか?」
「好きな人です」



好きな人。



たった五文字の言葉を唇に乗せた途端、私の頬はかあっと紅潮した。
校内マラソン大会を走り終えた直後のように。

「いえ、これに決めます。これでお会計してください!」

商品棚の引き出しに手をかけた店員を制して、
私は胸元でぎゅっと握りしめていたネクタイを勢いよく差し出した。


きっと、白も紺も素敵だ。見ておきたい気もする。

だけどあの人に贈ることを考えると黒以外はあり得ないし、
だからわざわざ私の好奇心だけで時間をロスするのは無意味にすら思えた。

あくまでも今日の目的はあの人へのプレゼントを買うこと。
私はまた来ればいい。

もっときちんとした正装をして。
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