√番外編作品集
「付き合ってた時の私は、潤の……特別だったよね?」

2人で手を繋いでいたあの時の笑顔は

私だけのもので

私の喜びも悲しみも同じように、潤だけのものだよ。

「そうだよ」





「……付き合ってた」




なんて

短くて

心に留めておく余韻すらない一言


立ち上がった彼は、青空の傘の下で凛と立っている。

彼に急かされるようにして、私も立ち上がる。

冷えた海から、吹きつける風に乗って、コートに雪がついた。





「……ね、最後にキスして」

自分から別れのサインを切り出す。

最後の最後で、欲しかった『形』を手に入れても、苦しいだけだけど、でも

私はそんなに大人じゃない。

涙を堪えようとして、喉が熱い。

彼が嫌がるのを知っていたけど、でもこのまま別れたくもなかった。

「だめなら……キスして、いい?」

彼はこちらを見下ろしたまま黙っていた。

私が手を伸ばすと、彼の頬に指の腹が触れた。

「…………」

「……付き合いたいとか言わないから」

嫌われたくはないけど

このまま終われるほど、私は大人じゃない。

彼は、ほんのしばらく無言で私を見ていたが

一度小さく瞬きした。

「そういうのを、やっぱりお前は欲しがるんだよな」

「……ごめん」

「別にお前の考えなんだから謝ることじゃないし。──……でもさ、俺にはよく分からないけど、それでお前傷つかない?」


傷つくから、別れよう

そうも言ったのは私

傷つけるかもしれないし、別れよう

そう言ったのも、彼

特別な恋愛感情に踏み込めないのに、愛してると言われて喜べるのかと

彼はそう言った。

「でも、特別じゃなくなる前に、傷つくならそれでいいよ」

「傷つけるために別れるわけじゃないのに」

彼の目がそう言っていたけど


傷ついたりはしない。
< 123 / 256 >

この作品をシェア

pagetop