√番外編作品集
彼はゆっくりとした仕草で、落ちた傘を拾う。

私の髪についた雪を払い

自分の黒髪についた雪を払い

傘をさしなおした。


「美術展の絵、そろそろ完成させなきゃだから、明日の帰りは待たせるかも」

彼は言って足を進めた。

一歩遅れて、私も自分の傘をさして後を追った。

海が鳴いてる。

私の中でも、雑巾を絞るみたいに大粒の涙が落ちた。

「待つ訳ないし。絶対私の方が、帰り遅いんだから」

「じゃ、いつも通りにテニスコートの裏で待ってるよ」

じんじんと、体中が冷えて痛い。

凍傷になってしまったようだ。

彼が私の特別でなくなったそれだけで。

「それより今日の夕食何かなぁ、シチューがいいな」

前向きな言葉を投げかける。

側にいたい、それだけのために。

「ニンジンどうせ抜くくせに、シチューからニンジン抜いたら意味ない」

「いいじゃんべつに!」

ただ、それだけのために。

明確なさよならはなかった。


だけど今日でもう、特別な関係は最後なんだとわかって



悲しくなんてないはずなのに



マスカラを付けなかったことが100点の判断だった、と

涙を擦りながら思った。
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