√番外編作品集
「濡れる訳にはいかないから、ほら、傘」

どうやら、一緒に、という訳ではないらしい。

潤は七海へ傘を差し出した。


「君、髪長いし濡れたら風邪引くんじゃない?」

一緒ではないとしても、この雨で傘を借りたら、今度はこの人が濡れる。

そう思うと、七海は受け取れなかった。

「それとも、具合でも悪い? 試験官呼びますか?」

次に続いていく会話が恐ろしくて、七海の頭の中でグルグルと嫌なものが周りはじめる。

「いえ、ちが……違います」

別に自分に危害を加えようとしている訳ではないことくらい理解しているはずなのに、高鳴る心臓は止められなかった。

怖い

走ってここから駅まで行ってしまおう

このくらいの雨なら、大丈夫だ。

七海が意を決してドアを押し開けようとすると、そのドアはタッチ差で七海ではなく、潤が先に押し開けた。


「先輩、受験生なんだから体調管理はちゃんとした方がいいよ」


……──先輩?


七海は言葉に疑問を覚えた。

顔を上げた途端、横にいた潤の影が飛び出して雨粒を受けていた。

七海は、声をかける間もなかった。

自分の足元には傘が置いてあって、

道路にはもう、潤の影はなかった。

ポカンと立ちつくしていると、雨足が強くなって頬に雨粒が跳ねてきた。


どうしよう……この、傘……


状況に困惑して視線を泳がせていると、後ろから人が出てきた。

思わず振り返ると、2人組と目が合った。
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