√番外編作品集
「先輩」


声をかけられて、俊彦はケータイをポケットにしまい後輩の指導へ気持ちを切り替えた。

俊彦は吹奏楽部でトランペットを担当していた。

本当は弦楽器をやってみたかったのだが、紆余曲折でトランペットになった。

卒業を控えた今になれば、トランペット奏者になれて良かったと思っていた。

理想とはまた違った自分に出会えたからだった。

自分が向いていると思っていたものが、意外とそうでなかったという悲しいギャップもあるが、こういった満足感のあるギャップだったらいくらでも来て欲しいと思える。

「俺の練習楽譜、コピーしておくから、水・金の練習のとき、これやっとけよ」

指示しながら、窓から吹き付けた風に後輩と視線を投げる。

「あー涼しいっすねー」

後輩の言葉に俊彦は、満足そうに頷いた。

最近やっと、笑えるようになったし、季節の変化を気にするところまで気が回るようになった、と思った。

先月はまるで顔の皮膚を強くひっぱられているようなそんな感覚だった。

笑おうとすると、皮膚が軋む。

笑うなとどこかの誰かから叱咤されるような気持ちが渦巻いて悩んだ。

どこかの誰かは自分自身だと俊彦は思っていた。

渋谷景を亡くしてそう簡単に笑顔になるなんて考えられないと心の片隅がそう訴えてきて止まない。

「とりあえず、仏頂面にはならないようにしないとな。あいつらだって余計な緊張するだろうし」

喫茶店コートダジュールに向いながら、俊彦は先月のことを思い出していた。

クラスメイトの蔵持七海の失踪と、多発する不可解な自殺

ケータイに表示される、15枚の死の待ち受け。カウントする数字が0になると死ぬ。

俊彦にも表示されていたそれは、今はもう跡形もない。

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