√番外編作品集
「霧島さんのお母さんは」

「もう亡くなったよ。僕が中学生の頃に」

場が気まずくなると思ったのか、霧島はいつもの調子で笑った。

「そう気まずい顔をしないでくれよ。だからこそ七海は特別に大切にしたいんだ。失いたくないんだ。これ以上大切なものを理不尽に奪われたくない」

もう1本タバコに火をつけようとする霧島に、俊彦はさっと自分のライターを差し出した。

彼は微笑むと火を借りて、ゆっくり煙を吐いた。

「だから僕の本名はお察しの通り違うよ。調べてたでしょ? 黒沢くんと君」

俊彦は言われて少し息を飲んだ。

調べていた、と言うのは印象の悪い言い方だが、潤が霧島についていくらか疑問を感じていたのは確かだ。

「まぁ、僕の本名なんてどうでもいいことだけどね」

可能であれば調べられるか、と潤が言ってきた言葉に驚いたことを俊彦は忘れていなかった。

彼は霧島を100%信じていた訳ではなかったのだ。

こうして俊彦が彼に探りをいれたのも、その言葉が引っかかっていたからだった。


雨音が強く地面をたたく。

気がつけば水溜りができはじめていた。

雨よけの下にいるのに、勢いのあるにわか雨が足元に跳ね返ってくる。

「そんなことより、今は黒沢君がどういう状況か把握しなくちゃいけない」

霧島はゆっくりと火を消すと、まっすぐ正面から走ってくる2つの影を見据えた。

敦子と千恵が真剣な顔をして走ってくる。

足元へ跳ね返ってくる雨水にも目もくれず飛び込んでくると、2人は一目散に傘を閉じて俊彦へと飛びついた。

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