【短編】生きた証
とんでもない高さから落下すると、途中で気を失うと聞いていた。
私が瞬間的に想像したのは、気を失ってから中身が砕けるまでの小さな時間。
きっとその瞬間【とき】人はもう死んでいるのだ。
しかし、私が感じたのは内臓が浮くような不快感と左腕に感じた冷たい感触。
地に落ちようとする体を、誰かが空から引っ張っている。
――…そう、錯覚した。
左腕から伸びるのは、一度も日に浴びたことがないような長い指、それは強く絡み付いて私の体をそれだけで支えていた。
「どうしたの」
女のような細い腕と、心地の良いアルトの声、全く正反対だが人一人を支えられるのだから、恐らく男。
腕の先には小さめの顔が見えるが、逆光で表情は読み取れない。
しかし、ビルから落ちる人間を助ける声色ではなかった。
落ち着いた、ゆったりとした天気を当てるかのような口調に何となく腹が立ち、余裕のある口元を睨み上げる。
「離してください」
体を揺らして抵抗するが、私の腕の先の男は動じる様子もない。
「離したら、落ちるだろう?君は羽持ちなのかい?」
踊るような、男の声がしたかと思えば腕を引かれる感覚。
男の妙な言葉の意味を理解する頃には、私の両足はしっかりと地面についていた。
無意識に地面を確かめるように、体は崩れ落ち両手と両膝をつく。
文句を言ってやろうと顔をあげると、そこには人を一人分片手で持ち上げたとは思えないほどの優男が座っていた。