【短編】生きた証
「全く、やっぱり羽なんかないじゃないか。落ちたら、死んでしまうよ」
この男は、不可解な言葉の上になんて事を言うのだろうか。
病弱にも見える色のない頬にかかる銀に近い糸のような髪は、傾きかけた太陽の光に反射して流れている。
目元を不器用に細めて笑う彼は、勿論羽などついていない。
「別に、あなたに関係ないじゃないですか」
ふいに出た本音。
私が地面を睨みつけると、彼は不思議そうにこう続けた。
「どうして、人間は自分で自分を殺すんだい」
突然、核心をつくような言葉に私は思わず顔をあげる。
「それこそ、生きる意味なんてないじゃないか」
体温を感じない指先が、風で乱れた私の髪先を掠める程度に流れていった。
「生きる意味なんて…、私にはないし。そんなことを赤の他人に言われても、しらない」
自分だって人間だというのに、同族を哀れむような彼の口調は小さな私の傷をつついた。
思わず荒げてしまった声に驚き、一瞬息を止める。
窺うように彼の顔を覗きこむと、色素の薄い灰色の瞳がこちらを捕らえた。
ビー玉のような丸いそれ。
まるで人形のような容姿は、生きているとは思えないほど赤みを感じない。
「僕ね、朝生まれたんだよ」
色のない唇が、色のない言葉を放つ。
「最後に君を助けることが出来てよかった。生まれてきて、よかった」
普段なら恩着せがましいとくらい思うほどの言葉が、驚くほどストレートに耳に入る。
なんて不思議な音色だろう。