【短編】生きた証


太陽は、いつどの瞬間から赤く変わるのだろうと昔不思議に思い、沈む西日を辛抱深く眺めていたことがあった。

しかし、いちども見ることが出来なかった。



今回もそうだ。


傾いた太陽は、いつのまにか夕日に変わっていてコンクリートが急激に冷えていく。

触れた両手が痛い。


どういう訳か、体の芯も。


脳は有り得ないと言いながらも、たどり着く答えはたった一つしかない。
それは、揺るがない一つの道なのだ。




「最後?」




「僕は、もうすぐ死ぬ」



彼の体には、ちゃんと血液が流れているのだろうか。
恐る恐る近付いて、あの白い手に触れればもう、人の体温なんか感じられない。

コンクリートより、それに体温を奪われた私より遥かに冷えた指先の爪が雪のように白かった。


「僕は、君しか、知らない。でも、君で良かった」



ゆるりと向けられた顔は、小さく笑ってみせた。
上がる口角の先にある白い頬に手を添えてやる。



どうにかして、私の体温が移らないだろうかと下らないことばかり考えていた。



そんなの、無理な話だというのに。
体温が移った所で、何かが変わるわけでもないのに。


本当に人間は、夢ばかり見る。



ついに力の入らなくなった体は、力なく頭をもたげて私の肩にゆっくり下ろされ、彼の糸のような髪が耳を微かにくすぐった。



「ねぇ…」




なんとなく、名前を呼ぼうとして私は口を止める。





「ねぇ、名前は?」





朝に生まれて夜に死ぬなんて、俄に信じられないが、目の前の男は冷たい頬もそのままに止まりかけた弱い鼓動をしっかり感じる。




――…嗚呼、死んでしまう




私は思った。人の死なんて看取ったこともないのに。

本能と、いうやつだろうか。




「かげろう」




ゆっくりと瞼の閉じる音が聞こえ、太陽は沈み辺りは暗いというのに、切り取られたように白い彼の体は、すんなりと死を受け入れ力をなくした。





fin


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