ヴァンパイアに、死の花束を
シューシューと釜から湯気の立ち上る音が、余計に静けさを強調する。

静流さんの素敵な笑顔には、有無を言わせぬ何かがあって、わたしと雪音は言われるがままに、深紅色と桃色の着ものにあっと言う間に着替えさせられてしまった。

よく見ると朝食をとったこの部屋は茶室になっていて、床の間には達筆な文字で書かれた掛け軸や、茶の道具一式が置かれていた。

静流さんの器用な美しい手さばきで、シャカシャカと茶筅(ちゃせん)を振る姿は、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。

こんなことをしていていいんだろうか?

なんて焦りが昨夜からずっとわたしの心につかえていたけれど、彼女の落ち着いた声と、優雅な動作には、不思議と人を落ち着かせる何かがあるみたいだ。

「どうぞ」

そう言って深い草色の茶碗をわたしの手前に置いてくれた。

細かい泡のたった渋い色の茶を眺める。

「わたし、茶道なんてやったことなくて……。これ、いただいていいんですか?」

お点前(てまえ)の基本すらわからず、戸惑ってしまう。

静流さんはクスクスと楽しそうに微笑んだ。

「作法なんて気にせずに、お好きなように召し上がってください。それはもう、神音様のお茶ですから」

ゆっくりと、茶碗を両手で持ち上げて香りを嗅ぐ。

香りは、とても優しい静流さんの雰囲気に似ていた。

コクンと音をたてて飲んだお茶は、思ったより渋くなくて、深い味わいを感じた。

そのまま残りを雪音に手渡すと、雪音は少し戸惑ったように瞬きをしながら一気に残りをゴクゴクと飲みほした。

「…おいしい」

雪音が、最近ではわたしと穂高にしか見せた事のない顔いっぱいの笑顔を静流さんに見せた。

その瞬間、わたしの感覚は間違っていなかったと確信した。

……静流さんは、とても優しい人だ。


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