エア・フリー 〜存在しない私達〜《後編・絆》
《AM8:00〜10:00》
美佐子は黒沢を伴って、まだ診察の始まる前の閑散とした病院を訪れた。
思えばこの病院は、吉永の面倒を見てやったばっかりに良い思い出がない。
まあー病院に良い思い出がある人はあまりいないかもしれないが、夫もココで亡くなったし……正確に言えば…私がコ、ロ、シ、タ。
そう、いくら私の心が凍っていようとも、あの時は心臓に突き立てられた刺の方が冷たかった。
でも、結局は夫も私を裏切っていたじゃない。
―だから、仕方ない。
院内があまりにも静まり返っているので、美佐子は珍しく感傷に浸っていた。
そして、それを誤魔化す様に、
「それにしても、話って何かしら?」
と黒沢に問い掛けた。
「さあ、見当つきませんね。ただ、弱きになっておられますから…。」
「そうね。倒れてから塞ぎ込んでいて心配だわ。」
美佐子は中条の死の騒動の時は一瞬、父が疎ましいと思った事もあったが、今ではまだ長生きしてもらわなくては困ると思っていた。