生徒会長様の憂鬱
恐らく伸びた雅則を部屋に運んだのであろう足音を耳だけで見送ってテレビへ視線を戻そうとすると、厨房の奥から彼にゆっくり近付く影が見えた。
「よー坊ちゃん、久しぶりだなぁ」
「こんにちは」
厨房の奥で明日の仕込みをしていな鈴夏の父・夏樹は冬真を見つけるなり歩み寄って軽く声をかけた。
雅則が居なくなってすっかり静まり返った店内で、夏樹は外の暖簾を外すためにカウンターを通り越し入り口の引き戸を引いた。
学校も冬休みに入り季節は冬本番。
隙間から入る風に身震いしながらも掛かった暖簾を持ち上げて慣れた手付きで戸をしめた彼は、テレビを見ている冬真を見てまた声をかけた。
「いきなりどうしたんだい。突然鈴夏が坊ちゃん連れて帰ってくるっつーから、ビックリしたじゃねーか」
その言葉にゆっくり振り返った彼はカウンターから立ち上がり、夏樹を真っ直ぐ見据えて口を開いた。
「いつかの夏樹さんの頼み事、覚えていますか?」
――…鈴に、愛の強さを知るキッカケを
「あぁ、しっかり覚えてるぜ。それがどうかしたかい?」
「それのご報告です」
ニコリと、愛想笑いに近い笑顔を向けた冬真は夏樹の様子を窺いながら反応を待った。
彼は手に持っていた暖簾を空いたテーブルに立てかけ入り口の鍵を閉めると、また別のテーブル席の椅子を引いてドカッと座り、冬真に向かいへ座るように促す。
それに従い彼が静かに腰を下ろすと、確認したように目だけでチラリと整った容姿を見て、夏樹はゆっくりため息をついた。
「さっきマサ坊と話してるの聞いた。恋人…だろ?」
「えぇ」
一瞬の戸惑いもない若い返事に、父親は眉を顰めた。
「キッカケを与えてやってくれとは言ったが付き合ってくれとは言ってないぞ」
「彼女に惹かれた、それだけです」
迷いのない涼しい瞳が、夏樹を捉えた。
夏樹はそれに戸惑い、肘をついて頬を数回掻く。
財閥の長男と、なんてことないラーメン屋の娘。