生徒会長様の憂鬱
声を掛けようと口を開いた瞬間、久遠寺くんは手に持っていた本を棚に戻しながら顔を上げた。
眼鏡の奥の緩く開かれた瞳はいつも通りの優しい色。
「珍しいですね、鈴夏さんも本読まれるんですか?」
静かに響いた声は、厚い本達に吸い込まれていく。
冷たくされるより、怒られるより、何倍も辛くなった。
「いぁ、あの…久遠寺くんに、なんて言ったら分かんないんだけど…」
結局、なんて言おうか考えもつかなかったので沈黙と紙が擦れる音に耐えきれずゆっくり適当な言葉を口にしてみるが中々続かない。
「あぁ、土曜日の話ですか」
彼はあくまで静かに言葉を紡ぐ。
まるで今し方思い出したような口調に戸惑っていると、久遠寺くんは右手を上げ小さい手招きを数回繰り返した。
数歩歩いて近付くと、さらに小さな声で笑い私の頭に手を乗せる。
安心する、それは普段の優しい手。
「ああなる事は予想していました。それにアナタのお母様のお兄さんが、事情をよく理解して協力してくださったんです」
視線を合わせるようにしゃがみこんで目の高さを合わせるようにすると、久遠寺くんは目元を細めて子供を宥めるように呟いた。
「あなたはあなたらしく生きなさい」
ゆっくり頬に触れた手が、意外に冷たくてヒュッと息を吸い込む。
「あなたのそう言う所が、好きなんですから」
彼の口元が挑発するような笑みに変わった瞬間、脳天にとんでもない激痛が走った。
「…ったく、本当にお前は…」
聞き慣れた声に振り返ると、先程私を突き放した要冬真がこれまた不機嫌そうに此方を見下ろしている。
つうか痛いんですけど!
図書室だからと思ってギリギリ耐えたけど痛いから!
やめてそう言う頭があったら叩くみたいな、ホントバカになったらどうしてくれる。
「秋斗、お前も図書室で妙な真似しようとするな」
要冬真が私を通り越して楽しそうに笑いを堪える久遠寺くんを睨み付けた。