生徒会長様の憂鬱
「ほら立って」
声の主は小さな笑い声と一緒にそう言った。
肘に手を回される気配と、それが誰だか辿り着くのはほぼ同時で、体が浮き足を地面につくとダッフルコートについた小石を払う男の後ろ頭が見える。
赤い髪。
「久遠寺くん」
「数分あなたの事見てましたけど、フォロー入れられないくらい不審でしたよ」
「そんなに不審だった?」
「えぇ、通報しようか迷いましたから」
通報とはなんと恐ろしい。金一高時代に学校の頂点(永久欠番の葵を除く)に立っていて一度も警察のお世話にならなかったのが唯一の誇りだと言うのに、私がちょっと妙な真似をしてただけで通報しようなんて酷すぎる。
「それより何見ていたんですか?」
訝しげに久遠寺くんは店を覗き込む。
店内を軽く見回してから私に向き直り、通学カバンから財布を取り出した。
「ケーキくらい奢りますよ?」
「ちがわい!」
「あれ、てっきりケーキが食べたくてもお金がないから食べられなくて女々しく店内を覗いているのかと」
「なにその偏見」
私は久遠寺くんを睨み上げた。
しかしそんなことは気にする様子もなく、再び店内に視線を一瞬だけ戻した彼は合点がいったとばかりに声を上げる。
「アナタについていた執事ですか」
そう言うが早いか、久遠寺くんは私の腕を奪うように掴み歩き出した。
上げられたもう片方の手はしっかりと店のノブを握っていて、その瞬間、自分が店に引きずり込まれる末路が頭を過ぎる。
「ちょっ…!まって私…っ」
「話がしたいんでしょう?なら手っ取り早く店に入ればいいんです」
「ギャー!なんと強引な!殿!おやめくださいまし!」
私の断末魔の叫びは、扉が閉まる鈴の音に消えていった。