白煙の向こう《短編》
俺の曖昧な返事の意味を理解したのか、浅倉は呆れ返ったように大袈裟なため息をついた。


美雪とは大学二年の冬から、もう三年近く付き合っている。同棲しようか、そんな話も何度か出たこともあるけれど、いつも何かしら小さなことでケンカするから流れてうやむやになってしまっている。

どっちも気が強いものだから、譲り合いの精神が働かないのだ。

小さく息を吐いて、寄せられた大量のモヤシに手を着ける。口に運んだ細長いソレは、少し焦げたような…そんな苦い味がした。


「そういう浅倉は、どうなわけ?」


苦さに眉をひそめて鉄板に視線を向けたまま、ぶっきらぼうに質問を返す。

鉄板上を掻き回していた、浅倉の腕が動きを止めた。


「…どうって?」


二組の箸の間を、ジュー、と音を立てて白く濁った煙が舞う。視界の半分以上を曇らせて、天井へと昇る。


「…ん、ホラ。彼女とかおらんの?」


ジュー、ジュー。

不自然に空いた暫しの間。不思議に思ってふと顔を上げる。

すぐ向かいの浅倉の顔が、白煙に隠れてよく見えない。


「………浅倉?」
「いらっしゃ〜い!!」


勢い良く開いた店の引き戸。そこにかかるのれんから、一組のカップルが威勢のよい親父の声に歓迎されるように入店する。

それに一瞬、視線を奪われた。


「吉原」


真向かいから小さく発された俺の名。


「……へ」
「肉焦げてんで」


思わず腑抜けた声を出す俺の目の前で、浅倉が長い箸の先で鉄板をつつく。
それは俺の目の前の、どんどんと黒さを増す塊を指していた。


「お、わっ!!」


ああ、貴重な牛肉が!
俺の慌てふためく姿に、浅倉は可笑しそうに緩く方眉を下げて笑う。渋々口に入れたソレは、やっぱり少し苦くて。


…またうまく逃げられた、と思った。


浅倉はこうやって、話をはぐらかすのが上手い。大学時代からずっとそうだ。

俺ばっかりが相談やら何やら持ちかけて、浅倉本人は自分のことを話さない。本当はそれが少し、寂しかったのだけど。
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