白煙の向こう《短編》
…後にも先にも。
浅倉の本音を聞いたのは、あの時だけだ。
大学最後の年。年明け祝いだと開かれた飲み会で、珍しく浅倉が潰れてしまった。
目のまわりどころか、顔も足の先すらも真っ赤で、ぐでんぐでんになった浅倉。なんとか担いでとりあえず自分の家まで連れて帰ったのは、もう深夜を回った午前2時だった。
浅倉は身長のわりに軽かった。
ベッドに寝かせて、苦しそうに顔をしかめていたから水でも飲むかと聞いたが、浅倉は首を横に振った。
こうしていても仕方ないから風呂にでも入ろうかとベッドの脇を離れようとすると、いきなり手首を掴まれた。
「…え、どしたん?」
「行かんといて」
「あ…うん、風呂入ったらすぐ戻ってくるから…」
「嫌や、行かんといて」
ぎゅうっと手首を握ったまま、浅倉は子供みたいにいやいやと首を振り続けた。
普段は落ち着いた浅倉のこんな姿を見るのは初めてで、ちょっと面白くて笑った。ちょっと、可愛いと思った。
「行かんといて」
「わかったわかった、おる!ココおるから」
安心したのか、手首を握る力が緩んだ。柔らかく俺に触れたまま、浅倉は目を閉じる。
寝顔はいつもよりずいぶん幼く見えた。
まぶたから滑り落ちる長い睫毛。
少しだけ触れると、浅倉の体がピクッと動いた。起こしてしまったのかと思わず息を詰める。
浅倉は目を閉じたまま、まるで寝言のように何かを言った。
「…ってる…」
「え?」
「わかってるねん…わかってる…
「…ふはっ、何をわかっとるねん」
「わかってるねん…ぜったい…叶わへん…から、」
「……」
「好きになってもらえること…できへん、から、」
「浅倉──」
「でも好きやねん…めっちゃ、なぁ、」
息を止めた。
心臓も、止まるかと思った。
まぶたの裏で、血液だけが流れを止めずに動く。
「なぁ、どうしたらいい?」
.
浅倉の本音を聞いたのは、あの時だけだ。
大学最後の年。年明け祝いだと開かれた飲み会で、珍しく浅倉が潰れてしまった。
目のまわりどころか、顔も足の先すらも真っ赤で、ぐでんぐでんになった浅倉。なんとか担いでとりあえず自分の家まで連れて帰ったのは、もう深夜を回った午前2時だった。
浅倉は身長のわりに軽かった。
ベッドに寝かせて、苦しそうに顔をしかめていたから水でも飲むかと聞いたが、浅倉は首を横に振った。
こうしていても仕方ないから風呂にでも入ろうかとベッドの脇を離れようとすると、いきなり手首を掴まれた。
「…え、どしたん?」
「行かんといて」
「あ…うん、風呂入ったらすぐ戻ってくるから…」
「嫌や、行かんといて」
ぎゅうっと手首を握ったまま、浅倉は子供みたいにいやいやと首を振り続けた。
普段は落ち着いた浅倉のこんな姿を見るのは初めてで、ちょっと面白くて笑った。ちょっと、可愛いと思った。
「行かんといて」
「わかったわかった、おる!ココおるから」
安心したのか、手首を握る力が緩んだ。柔らかく俺に触れたまま、浅倉は目を閉じる。
寝顔はいつもよりずいぶん幼く見えた。
まぶたから滑り落ちる長い睫毛。
少しだけ触れると、浅倉の体がピクッと動いた。起こしてしまったのかと思わず息を詰める。
浅倉は目を閉じたまま、まるで寝言のように何かを言った。
「…ってる…」
「え?」
「わかってるねん…わかってる…
「…ふはっ、何をわかっとるねん」
「わかってるねん…ぜったい…叶わへん…から、」
「……」
「好きになってもらえること…できへん、から、」
「浅倉──」
「でも好きやねん…めっちゃ、なぁ、」
息を止めた。
心臓も、止まるかと思った。
まぶたの裏で、血液だけが流れを止めずに動く。
「なぁ、どうしたらいい?」
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