白煙の向こう《短編》
俺の右手はしっかりと握られたまま。

やがて訪れる規則正しい寝息。


つう、と伝った一筋の涙だけが、浅倉の頬に痕を残して。



次の朝目覚めた浅倉はひどい二日酔いを残して、でも昨晩のことを全く覚えていなかった。


…誰に向けられた言葉なのか。

でも掘り返してはいけない気がして、俺はその日のことを忘れようと決めたのだ。


**


少し途切れた会話。

鉄板に寝そべった肉が、ジュウジュウと油を弾かせて焼ける音がやけに耳につく。

何か話題はないかと頭を巡らせて、出てきたのは本当にどうでもいいネタだった。


「…あっ!俺さぁ、もうすぐ誕生日やねん。週末──」
「知っとるよ」


体の熱が汗となって背中を伝う。浅倉が焼いていた肉を、俺の方に分けてくれた。


「え?なんで!?」

「…あのなぁ。毎年毎年お前が8月10日でハトの日やねん〜とかずっと口癖みたいにゆうから覚えてもたんやんか」


合コンの自己紹介もずっとソレ言いよったよなぁ、と浅倉は笑う。
浅倉は苦手だと言っていたけど、俺が無理やり引っ張っていったこともあった。

俺と美雪の出会いもそもそも合コンだったな。ここまで続くとは全然思っていなかったけど。

伏せられた目線に、変わらずに長い睫毛が伸びている。単純に、誕生日を覚えていてくれたことが嬉しかった。


「…なぁ、浅倉」

「ん?」

「美雪とケンカしたままやったらさぁ…誕生日、浅倉が祝ってや」


寂しいからメシでも付き合ってくれませんかと、何気ない軽い気持ちで言った。

皿の肉を頬張りながら、垣間見た浅倉の姿。


「…うん」


少し目線を下げた浅倉の顔には、何かを諦めたような…それでいて少し切ないような。

そんな笑みが、浮かんでいた。


「うん…ええよ」



その時の浅倉は、今までで一番。



一番、大人に見えたんや。













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