ダンデライオン
槙子さんはそう笑ってたけど瞳にうっすら涙を溜めていた。その言葉が嘘じゃないということをその瞳は物語っている。

"目は口ほどに物を言う"まさにその通りだ。

「…私がどんなに願っても彼の愛は手に入らなかった。ずっと、ずっと―傍にいたのに心は離れたまま。
それでもいい、昭人さんにとっての奥さんは永遠に暁美さんだって私分かってるから。戸籍は私に変わっても、それはただの紙切れだもの。」

「辛くない、ですか?」

あたしがそう尋ねたら、槙子さんは零れ落ちた涙を指で掬い、答えた。

「辛くないなんて言ったら嘘になる。私、昭人さんを愛してるもの。…でもね、私は例えそこに愛がなくても、傍にいてくれるそれだけで充分なのよ。
馬鹿な女でしょ?でも惚れた弱み、よ。」

惚れた弱み、か。
結ばれたのに報われない愛。そんなの悲しいよ。
一方通行の結婚なんて、辛い。でも槙子さんはそれほど、悠斗のお父さんを愛してるんだ。

「…、父さん助からないんですか?」

「ええ…治療は移植しか…でもお父さん、誰かの脳死を待って、その死を喜ぶ自分にはなりたくない。そう言ったの。その誰かは、誰かの大切な人かもしれない、それを思うと出来ない。そう笑ってた。」

槙子さんがそう言いながらエレベーターのボタンを押す。その時、悠斗はさっき辿った道を折り返した。
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