“俺様”大家の王国
解剖は、滞りなく進んだ。
途中、緒方さんが脂肪の塊と間違えて副腎を切り取ってしまった事や、
先生が解剖台を「まな板」と言い間違えた事を除けば、かなり素晴らしい実習だったと思う。
それにしても……と、彼は首を傾げた。
緒方さんは、どうしてこの役を引き受けたんだろう。
結局、流れとはいえ、逃げるチャンスはいくらでもあったはずだった。
エーテルで気分が悪くなったと言えば、すぐ廊下に出られるのだし、限にクラスメイト達は何人もそう宣言して、戦線離脱しているのだから。
あるいは、彼女の責任感がそれをさせなかったのか。
加藤真二は、剥き出しになったラットの臓器を観察しながら、マスクで隠れた奈央の表情を想像してみた。
その真剣な――しかし、どこか思いつめた様子に、
もしかしたら奈央は今、マスクの下で唇を噛んでいるのかもしれないと思った。