母の心音(こころね)
母の心音(こころね)
母の心音
母は、九十一歳で亡くなった。私は今、母が残してくれたノートを読んでいる。このノートは、母が亡くなって、家の中を整理していた時に、机の引き出しから出てきた三冊の大学ノートである。表紙は少しばかり茶色に変色している。ノートには表題はない。何だろうと、表紙を開けると、一頁目には昭和四十一年(一九六六年)八月一日と日付があり、次の詩が記されていた。
子は四方に
巣立ちし後の老いの身に
わびしくきこゆ秋虫の声
この詩の横に、「夜眠れなく夜中になって虫の声が寂しく、四人の子供を思い、限りなく寂しい夜でした」と記してあった。
このノートは、その時々の母の心音を詩にしていた。その頃の母の歳は、今の私の歳とちょうど同じ六十一歳である。多分四人の内の誰かが残していった万年筆だろう。母のインクの跡を追いながら、私は何時しか当時を忍び、遠く離れた歳月を辿っていた。
母は、九十一歳で亡くなった。私は今、母が残してくれたノートを読んでいる。このノートは、母が亡くなって、家の中を整理していた時に、机の引き出しから出てきた三冊の大学ノートである。表紙は少しばかり茶色に変色している。ノートには表題はない。何だろうと、表紙を開けると、一頁目には昭和四十一年(一九六六年)八月一日と日付があり、次の詩が記されていた。
子は四方に
巣立ちし後の老いの身に
わびしくきこゆ秋虫の声
この詩の横に、「夜眠れなく夜中になって虫の声が寂しく、四人の子供を思い、限りなく寂しい夜でした」と記してあった。
このノートは、その時々の母の心音を詩にしていた。その頃の母の歳は、今の私の歳とちょうど同じ六十一歳である。多分四人の内の誰かが残していった万年筆だろう。母のインクの跡を追いながら、私は何時しか当時を忍び、遠く離れた歳月を辿っていた。