母の心音(こころね)
「今日は三月十五日や、末娘も居らんようになってしもうた。何時ものように朝起きてみたら、辺り一面雪景色やった。庭木もすっかり雪に埋もれとった。植林した幼木も、雪に埋もれとるやろな。こんな大雪は珍しいな。主人と二人で山へ行ったんや。朝も早かったし、そりゃ身を刺すような寒さやった。雑木林を抜ける山道は急でな。歩き慣れた道で、爪先を引っ掛ける窪みや岩を辿りながら、滑らんように下を向いて登ったんや。雪の下の窪みや出っ張った石の位置は大体判って居ったけどな。そしてな、山の中腹の松の木があるところで一休みして顔を上げたんや。山仕事するときは、何時もここで休むんや。一際背の高い松でな、風で吹き飛ばされて枝には雪は無かったんや。そりゃもう朝日に映えて緑の葉が美しかった。朝日に照らされた葉は生き生きとしてな、二人きりやないってほっとしたんや」



冷たさに
春は遠いと思いしに
朝日に映える松の緑が


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