母の心音(こころね)
遠く離れた田舎の景色が浮かぶ。四方山に囲まれた平地の真中は、長い年月をかけて深く削り込まれ、その底を川が流れている。四人兄弟が揃っていた頃は、この川でよく遊んだ。深く切り込まれた垂直の崖を、一筋の滝が落ちている。凡そ二十メートル程の高さである。その源を辿ったことはないが、多分四方の山々から集められているに違いない。川のサラサラとしたせせらぎの中に、一際激しい滝の音が交じり合っている。この滝はこの地形ができた昔から、耐えることなく落ちている。この川の流れに沿って、鉄道が走る。この鉄道と山裾との間に、二十軒ほどの家があり、家々は、細い道で繋がっている。
川を隔てた向こう側には、田園が広がり、山裾に沿って国道が走っている。夜になると、国道を走る車のライトが、木立の間を通してちらちらと見える。すっぽりと山に囲まれたこの里には、灯りは無く、星空の明かりにそのライトが一段と映える。一際高い山は、野尻浅間(のじりせんげ)といって、富士山に似た山である。家の庭先からは、遠くに霞んでその野尻浅間が見える。この野尻浅間の頂きに、一本の大きな杉の木が取り残されたように立っている。
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