母の心音(こころね)
「そうや、あの頃は本当に賑やかやった。長男は大学を出て中学校の教師になって、長女は結婚して、次男も末娘も大学を出て東京に行ってしまった。今は火が消えたように、広い家の中は二人きりや。そりゃ盆正月には帰ってくるけど、帰った後がまた寂しいんや」
「あの頃は、長男も、長女も、次男も、よう仕事を手伝ってくれた。ガヤガヤ話しをしながらな、そりゃ楽しかったわ。今は独りぼっちや。川の音、滝の音だけや。シーンと静まりかえっているんや。田圃の草取りをして疲れたんで、棚田の畦に腰を降ろしてな当時を思い出したんや。川のせせらぎや滝は、あの賑やかやった頃も飲み込んで、今も昔も変わらずに、平然としているんや。滝を見とるとな、寂しさに沈んどる自分が惨めに見えるんや。自分だけやないってな。昔の人も、同じような気持ちでこの滝を眺めたんやろな。今日もな、畦に独り腰をおろして滝をジーっと眺めとるとな、そんな気持ちになるんや」



来る度に
眺める滝も懐かしく
先祖幾世の人を忍べば
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