母の心音(こころね)
「あの頃は食べる物も着る物も無かったんや。長男は体が弱いし、野良仕事や山仕事は無理やと思ってな。学校の先生がな、あんたの息子さん先生が似合いやって言うたんや。あの子は勉強ができたもんな。それで大学を出すことを決意したんや。貧乏で空を掴むようなことやったけど。京都の清水の舞台から飛び降りるような気持ちで決意したんや。今思うとよう決意したなって自分ながらに思うんや。あの頃はな、子供を大学にやるのは、山林をたくさん持っとった大金持ちの吉田の本家ぐらいやった。周りの人からは僻まれたし、悪口も言はれた。長女にはすまんことをしたと今でも思ってる。家計を助けるために、中学校を卒業して直ぐに働きに行ったんや。私も小さな体で、夜遅くまで夜なべをして精一杯頑張ったんや。長女には感謝しとるんや。そしてな、長男だけを大学にやって、次男を大学にやらんとな、僻み根性がでて兄弟仲がうまく行かないと思ってな、次男も大学にやることにしたんや。末娘も大学行きたいというんでな、一番可愛い末娘の言う通りにしたんや。その頃は長男も中学校の教員になって家計を助けてくれたんや。今思うとそりゃサーカスの綱渡り見たいやった。