天狗の小噺 -テングノ コバナシ-
■第壱話■
忘却の一欠片
「だい…好きだったから……」
深い深い緑が覆う森。
雨上がりの露が、心地よい香りを森に流し込む。
「だから……だから……」
上手く、伝えることが、出来、ない。
舌が回らない。
こんな時にも躊躇してしまう自分を、とてつもなく情けないと思う。
「にーに?」
まだ、貴女は理解なんて出来てないんだろう。
むしろ、一生この意味なんて知らない方が幸せなんだろう。
「全部、捨てるんだ」
貴女には見られたく無かった。
だから、こんな所まで来たのに。
「今まで……ありがとう」
貴女は抱きしめれば、今にも壊れそうなほど柔らかくて、小さい。
――さよなら、さよなら。
自分はあの人の代わりに成れただろうか。
――さよなら、さよなら。
今夜も月は綺麗だろうか。