†Orion†


「ないないー?」



さくらちゃんは泣くのをやめ、涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう訊く。



「うん、そう。ないなーい、ね?」


「うん! ないなーい」



優菜さんが出てきたことによって、丸く収まった。

降ろされたさくらちゃんは、なかなか離そうとしなかった最後のおもちゃを、自分から片付けてくれた。



優菜さんは、誰も責めようとしない。

バツが悪そうにしている奈緒ちゃんに、「お姉ちゃんでしょ?」なんてありきたりなことも言わず。

穏やかに笑いながら、諭すんだ。



「にこにこ笑顔で、やさしーく言ったら、さくらも分かってくれると思うよ?」



優菜さんの表情は、“母親”そのもので。

俺が初めて見る、もうひとつの顔だった。



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