†Orion†
「……俺、もう帰るよ」
これ以上、ここにいるわけにはいかない。
そっと身体を引き離し、いまだ俺のシャツを握り締めている優菜さんの手をほどく。
「それじゃ、また店で……」
「――うん……」
優菜さんはうつむいたまま、あふれ出す涙を何度も手で拭っている。
そんな彼女を見ていると、瞼と鼻の奥がじわじわと熱くなってきた。
瞬きをすれば、きっと涙があふれ出す。
「……“お疲れさまでした”」
仕事上でしか使わない挨拶を、俺は敢えて口にした。
俺たちは、何もなかったんだ。
料理長が言うように、“パートさん”と、“正社員”の道にすすむ学生なんだから。
背を向けて、振り返りもせずに階段を下りる。
優菜さんは、俺を引き止めることも、追いかけることもしなかった。